Anders Interview
人のしごとと、自分のしごと
以前は、フリーのディレクターとして、主にアパレル企業のロゴやブランドカタログなど、企業が企画する商品をブランドとして世の中に出すしごとをしてきましたが、それはとてもやりがいのあることでした。
その一方で、自分自身の「ブランド」をつくってみたらどういうものになるだろうかという興味はありました。
モノをつくることは同じでも、ひとのためにすることと自分から発信することは全く違う世界です。
仕事の傍ら、アートギャラリー運営や雑貨を扱ってみたこともありますが、場を提供したり、すでに世にある物をセレクトすることなどは、自分がやらなくてもいいことに気がついたんです。」
大阪・中崎町(なかざきちょう)にオンリーショップをオープン
「その時にはじめて道具としてミシンを買って、たまたま持っていた帆布で簡単なトートバッグを作ったことが、”イチマルニ”の始まりになります。
最初から自分のつくりたいイメージはありましたが、納得いくものができるまでサンプル作りをくり返し、実際に”イチマルニ”のスタイルができるまで半年間かかりました。
最初の頃はアトリエの一部に展示スペースをつくって売っていましたが、ほとんど売れませんでした。
作り始めてちょうど1年が経過するくらいに、友人が原宿・神宮前で展示会をしたのですが、そこに”イチマルニ”のバッグを一緒に置かせてもらいました。
反応は思った以上に良く、その後複数のショップでフェアが決まるなどして、少しずつ自信がついていきました。」
「”イチマルニ”はマーケティングありきではなく、最初から自分の感性だけが頼りだったので、どの程度世の中で認められるかどうか、全くわからず不安はありました。
展示会の半年後には、大阪・中崎町にオンリーショップをオープンさせました。中崎町は、戦前からの古い町並みの中に個性的なショップが多く集まる場所。
長屋や路地が多く残り、どこかのんびりした空気感の漂う街。”イチマルニ”のカバンにはこの街の空気感が詰まっています。」
存在感の無いこと、が理想
「持つひとにどこまでも寄り添っていくような、あえて存在感の無いものを目指しています。
決して「存在感を消す」ことが目的ではなく、「主張しすぎないことで現れる存在感」というものがあると思うのです。
それは目立ち過ぎないシンプルな形であったり、持っていることを忘れるような軽さであったり。
あえて存在感をなくすことが、存在感を生むような。それが理想です。
デザインにおいて引き算していくことは大切なことですが、たいへん難しいことでもあります。」
「製作を始めた当初に、パラフィン加工された薄手の帆布(79A)」と出会ったことが大きかったです。
丈夫な上ものすごく軽いのですが、この生地が気に入って、いろいろサンプルをつくるうちに、”イチマルニ”の形ができてきました。
これからは、違う素材でも、”イチマルニ”のテイストになるようなチャレンジをしていきたいですね。」
モノとして自然でありたい
一つの商品で何通りもの使い方ができたり、使い勝手が良いことが”イチマルニ”の魅力の一つ。どういう考えに基づいているのか。
「モノとして自然でありたいと、いつも思っています。
まず、シンプルでありたい。「1枚の布」に近づきたい。 究極はですが。
そのような考えでつくったものに、AIR CRO(エアクロ)があります。
これは正方形の布をふたつ繋いだ状態の生地を折りこむことでバッグにしています。
また、ROLLバッグのように、ショルダーバッグがトートバッグやリュックとしても使えるものもありますが、
無理やりのギミックではなく、すべてが自然で無理のないように考えていますし、そのことがいちばんの特徴になっていると思います。
既存のバッグの常識に捉われない自由な発想でデザインやつくりを考えることが出来ているとは思います。」
「カバンの完成した姿は、「ショーケースに置かれた状態」ではなく、「身につけた状態」であるべきですし、ひとが身につけたときに感じるもの、それは質感や手ざわり、軽さ、そして気持ちだったりしますが、
感じるそのすべてが、”イチマルニ”というブランドの価値でありたいなと思います。」
バッグとともに旅する
「イチマルニのバッグを通して、感性の合う人達との出会いを重ねていくことで、思った以上に世の中は広いなと、今まで知らないことだらけだったなと、最近になってそう思えるようになったことが何より嬉しいんです。
性別や年齢、職業を超えた感性の繋がりとでも言いますか。言葉で表すのは難しいですが、自然体でシンプルかつストイック、そして気持ちに沿うような、そんな感性。
世の中にはかばんが溢れていても、欲しいと思えるものがなかなか無かったのですが、”イチマルニ”として自分の欲しいかばんを作っていくと、”こういうのを探していました!”という人にたくさん出会えて。
自分の感性と合う人が、意外と世の中にはたくさんいるんだ。と思いました。」
「かばんを抱え、いろいろな街を訪ねていますが、どの場所でも興味を持ってくれる人に出会います。
かばんというモノを通して、感性の部分でわかりあえる人々に出会えることが、大げさではなく驚きでした。
こういう出会いを重ねることで、ブランドも成長していくと考えているので、ものづくりの一方でバッグを持ってたくさんの場所を歩くこと、いろいろな人達に出会うこと、を続けていきたいと思っています。」
“Made In Japan”製品に特化した、会員制デザイナーズアプリ『Anders』に掲載されたインタビュー記事を再構成しました。
2015年5月掲載